Sapin-nu Art Club OB   


「サパンヌ(Sapin-nu)」命名のいきさつを、当時の部誌『トルソ』から引用してみましょう。「永年の懸案であった美術部独立も、昭和34(1959)年11月11日の部会で圧倒的多数の支持を得て実現された。新部名案の傑作が黒板を埋めたが、なかなか決まらず……最終会議は延々7時間、絞り抜いた候補から『サパンヌ美術クラブ』に決定した。“sapin”はフランス語で樅(モミ)の木の意、いかにも冬の木である。このモミの木が大木であっては申し訳なく、若々しいところを現すべく“nu”をくっつけた……。」とあります。
 わが美術クラブの前身は『セントポール美術倶楽部』として、大正末から昭和の初め絵が好きな学生たちによって創られました。第二次世界大戦後は、クラシック音楽愛好者と絵好みストの集まり『芸術研究会』となりました。このころは年に1度、銀座の画廊で秋の芸術展を開催してきたとのことです。その後、絵を描く人が増え、これまで美術と音楽が一体となって活動してきたのをこの年にクラブを分割し、美術系は『サパンヌ美術クラブ』となりそれぞれ別々の道を歩きはじめ、今日に至るわけです。


サパンヌ美術クラブの歴史



広報誌「Rikkyo」表紙1986/江淵晃夫(S18卒)


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