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丸善で展覧会。1957(昭和32)年ころ |
ホンネをいえば、私は芸大に入りたかった。
朝鮮戦争の終わった年である。 しかし、住み込んでいた宿屋の棚に鎮座していた布袋さんをたった一枚デッサしただけの私には所詮無理な話で、それは諦めた。
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安藤さん、渡辺さんとはウマがあった。 |
入学して初めて教室の席についた時、私は教室中の生徒を打ち眺め、組し易そうな奴を探し当てた。畏友、安藤嘉久、渡辺隆である。安藤は今も変わらぬ静かな口調で、絵が好きだと言った。隆さんは絵の具がびっしり詰まった絵の具箱が親父の手許に存在すると告げた。それならばと、懶惰で呑気そうなクラブと予感されたサパンヌに堂々潜り込んだのであった。
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夏の合宿で勢揃い。1958(昭和33)年ころ |
今や、私の周囲の友人はサパンヌ以外はすべて美大出身である。サパンヌの見事なる縦横の人間関係を知るかれらは、異口同音にサパンヌに入りたかったと言う。
私は誇かに、諸兄の才能ではそれは無理だと告げるのである。
昭和34年卒 平賀 敬
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